広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(ネ)50号 判決 1955年12月19日
控訴人(原告) 竹本数市
被控訴人(被告) 玉島税務署長
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和二十五年二月二十五日附でした控訴人に対する昭和二十四年分所得金額金百六万四千九百円、所得税額金六十一万七千三十一円とする更正決定は所得金額金二十六万七千二十九円、所得税額金八万四千三百九十一円を超ゆる部分を取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上ならびに法律上の主張は、
控訴代理人において、「事業等所得」の対象となる「製造業」というのは営利の目的で原料を他から仕入れて自らこれを製品にして販売することを反覆継続することをいうのであるから、製造業者が廃業する意思で製造の面を廃止すればその企業の目的を失うことになるのであつて、その後は整理の問題が残るだけであるから、それは既に廃業の段階に入つているのであつて、製造と販売との二面を廃止しなければ廃業にならないというのは被控訴人の誤解である。控訴人は昭和九年八月から花莚織機十台で花莚の製造業を営んで来て、戦時中も力を尽して営業を続けて来たのであるが統制経済の下でその営業が成りたたなくなつたので廃業の意思で原料の仕入もせず、織機も売却し、従業員七名も解雇して昭和二十一年八月一日から製造を廃止したのであるからその時以後廃業したことになり、その事業継続の意思がないことは客観的に明瞭に看取されるのみならず、控訴人は訴外有限会社丸亀化学の代表社員となりその花莚製造工場を同会社に賃貸したのである。従つて、控訴人は名実ともに廃業し、廃業後の残品の整理として本件藺草を売却処分したにすぎないのに、これに対して「事業等所得」として課税するのは違法である、と述べ、
被控訴代理人は、(一)「製造業」という営業の内容は製造行為とその製品の販売行為とが含まれているから完全に製造行為と販売行為とをやめた時にはじめて製造業を廃業したことになるのである。しかるに、控訴人が被控訴人に昭和二十一年十一月十三日附で提出した機械設備の内訳明細書によると控訴人は昭和二十三、四年頃の藺草の生産ができるまでは一時休業することとし将来において製造業を再び行うことを企てていたことが明かである。現に訴外吉川初次の関係している取引の最初のもの(原判決事実摘示中被告主張第二(イ))は昭和二十一年八月当時の在庫藺草を新藺草と交換することを約しており、昭和二十四年に至りその在庫の製品を継続的に販売する外その一部は更に加工して販売しているのであるから、控訴人がたとえ、昭和二十一年八月以後藺製品の製造行為ならびにその原材料の仕入等を中止したとしてもかように販売行為を継続している以上製造業を廃業したとはいえない。(二)又「譲渡所得」の対象となる資産は事業の用に供する土地船舶機械器具等の固定資産、借地権、地上権、耕作権、鉱業権、特許権等の無体財産権、書画骨董貴金属宝石類等の価値保存的動産、販売以外の目的で飼育する役牛馬、種牛馬乳牛等の家畜又は果樹等の資産であつて山林所得の基因となる立木及び事業の用に供する物的流動資産金銭債権等は譲渡所得の対象となるべき資産から除外されているから、控訴人主張の藺ならびにその製品等は「譲渡所得」の対象とならない資産であることは明かである。(三)更に又、控訴人は昭和二十一年八月当時全資産の七七%強に該当する藺製品及び原材料を在庫していたのであるが、右物件は古くなればなるほど通常の安定した経済状勢の下では商品的価値が下り、販売価格が安くなるのにかかわらず、長期間在庫していたのは当時の経済状勢から将来の値上りを見透し有利に販売するために在庫していたと解するのほかなく、しかもその一部の製品に対しては更に加工をしてこれを販売し、昭和二十一年八月当時の価格の数倍も高い価格で昭和二十四年中継続的に販売して多額の所得を得たのであるからこれは譲渡所得ではなく事業所得である、と述べた外原判決中事実摘示と同一であるからこれを引用する。
(証拠省略)
理由
控訴人の本訴請求の理由のないことは左記理由を附加するほか、原判決に示された理由と同一であるからこれを引用する。
控訴人は昭和九年八月以降花莚の製造業を営んで来たが、廃業の意思で昭和二十一年八月一日から原料の仕入もせず花莚織機も売却し従業員七名も解雇して製造を廃止したからその時以後廃業した。したがつて、本件藺草の販売行為(原判決事実摘示被告主張の第二の(イ)乃至(ヘ))は廃業後の残品を売渡したものでその所得金は所得税法(昭和二十二年三月三十一日法律第二十七号)第九条第一項第七号(昭和二十三年七月七日法律第百七号)にいわゆる「譲渡所得」であつて同項第九号(昭和二十二年十一月三十日法律第百四十二号)にいわゆる事業等所得ではないと主張するけれども、「事業等所得」というのはその後の法律の改正(昭和二十五年三月三十一日法律第七十一号)で「雑所得」と名称を改められたことによつても明らかなように、同条第一項第九号以外の各号にあたる所得以外の所得をいうのであつて製造業者が製造行為を廃止して原料等の残品を処分した本件の如き場合も包含するものと解するのを相当とする。けだしかような残品は「譲渡所得」の原因たる資産とはいえないからである。かりにそれが資産であるとしても本件売買は、原判決の認定により明らかなように「営利を目的とする継続的行為」というべきであつて、いずれにしても本件所得を「譲渡所得」と認めることはできない。本件所得を以てその後昭和二十五年三月三十一日法律第七十一号により設けられた「事業所得」と同様に論ずることをえないことはいうまでもないところである。
よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅芳郎 高橋雄一 三好昇)